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自分の行いを何を持って善とするか?

技術革新を進める立場としては自身の行いは善であるという強い確証を持って行いたいものであるが、行いが善であるかを決定するためには考えなくてはならないことが多すぎるため、あらかじめ整理した上でないとシンプルにまとめることができない。

 

シンプルに見たら、自分は商人なのだから世の中へ大きく広めることが善であると仮定することもできる。一方で、広めることで実現する世界が自分の価値観にとって素晴らしいことであると信じられなくてはどこかで自分の心が破綻してしまう可能性が高い。従って、大きく広めることで実現する世界の構想なくしてはやり切れるものではない。

そう、だから善とする構想を持っている必要がある。善とする構想を持ち、その世界を実現しようとしているから自分の行いは正しいと信じれるのであると言える。そして、構想を実現するために現時点でかけているものを正確に理解していることも重要だろう。何があって何が足りないのか。そういう情報だろう。構想した未来から何が足りもののかを把握していることは大切だ。

 

他にはないだろうか。正しく未来へ向かって行く計画があり、その計画上にいるかどうかという視点はどうだろうか。自分がそれらの計画から外れてしまっていたら、向かう先は別の場所になるやもしれない。だから、常に計画とゴールを見比べながら間違った方向に進んでいないかを確認すべきだろう。思い描く世界へ向かっていると自信を持って認識しておきたい。

 

このくらいか?

 

やり切れるか、やりきれないかの確証みたいなものはどうだろうか?これは少し微妙だ。正しいことに取り組んでいる限りは、例え自分以外の人間やチーム、組織が自分たちの目標を達成したからといって戦意喪失するということもなかろう。いくらでも挽回するチャンスなど訪れるはずだ。従って、心が折れてしまうのは自分自身の側に問題があり、やりきる強い覚悟は思い描く未来を善とする限りはそうそう簡単に折れるものではない。

 

なるほど、一連の考察から自分の行いは善であるという強い確証が強ければ強いほど行動に迷いがなくなる。そして、その確証の原点は構想であるということもわかった。また、計画と進捗確認の重要性も改めて認識することができた。目下、最優先で補完すべきところは未来構想か。いくつかのSFを見ながら構想する時間を早々に取り入れていこう。

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